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はぁ、そうですか

エキサイトのブログに、広告が入ることになった。 

7月からの記事内広告表示に関するお知らせ 


ブログを始めたときにエキサイトに決めた大きな理由が、無料で使えるにもかかわらず記事内に広告が入らないことだった。当初は日記がわりで文章だけのブログだったし、今でも自分のブログが絵的に優れているという妄想は持っていないが、広告が入ると視覚的にうるさいのが嫌である。

今まで無料で使ってきたので、いきなり一年三千円と言われてう~むと思ったが、よく考えたらFlickrにだって年会費払ってる($25だったかな?)。あそこは年会費を払ってProにならないと古い写真が消えちゃうのでアルバムとして使えない。だからProにアップグレードしたんだったけれど、そのときの自分に対しての「出費の弁解」が、「ひと月コーヒー一杯我慢すればいいんだ」であった。

ブログは今のワタシにとって、日本の家族だけでなく世界各地にいる人との繋がりを確保してくれる媒体となっているし、ストレス発散の場でもあるので、閉鎖することはちょっと想像できない。

かといって、引越するのは今からじゃかなり難しい。この方針に進むことが決まったのはいつのことなのか分からないが、今日お知らせが掲示されてから実施開始まで、たったの二週間しかないのである。広告なしで無料使用を続行させろというのは今のご時勢甘すぎると思うが、もう少し早く知らされていればオプションを考える余裕もあったと思う。残念である。


...で。記事本体の部分に広告が入るのは、どうしても嫌なワタシ。

来月から、ひと月にコーヒー二杯我慢します。
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by cocopuff1212 | 2010-06-19 01:23

ほんとにもう

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ここんところくでもないことばかり続いていて、気分が沈んで地中三十メートルくらいに埋まっている。

お湯と暖房は七日目にしてやっと直ったので、寒かったことも一週間シャワーを浴びられなかったことも忘れてやろう。こういうことは不便だし腹が立つが、将来に影響はない。

本当に困るのはムスコの学校関係のことである。

事務関係もずいぶんいい加減だが、それよりなにより学業面に関しての連絡がきちんととれていない。むこうは「ちゃんと連絡したじゃん」と思ってるに違いないが、こっちにしたら「こんな連絡の仕方で分かるわけないじゃん」。そのアバウトさ加減は、結構なんでもカジュアルでアバウトなアメリカから来ている我々にもびっくりなのである。

そして、これが原因で例えば宿題を提出するのが遅れたら、成績に響いて被害を受けるのは究極的には子供なのである。

本当は今すぐにでも荷物まとめてカリフォルニアに戻りたい気分なのだが、そういうわけにもいかないので、とりあえず今学年は今の学校で終わらせる。そしてワタシが心配で仕方ない勉強の面と、ムスコ本人が苦労しているお友達関係・精神的な面と、その他諸々インパクトを受ける部分を考慮して、今後の方向を決めたいと思う。
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by cocopuff1212 | 2010-04-02 16:02

気になりだしたら気になって仕方ない

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縦結び。ああ気持ち悪い。

しかし欧米の人には、どうやら縦結びと横結びの違いが分からないようである。



一度アメリカで友人に縦結びと横結びをひとつずつ作って隣どおしに並べて見せてみたら、「どこが違うのか分からない」という反応だった。ほらあ、この輪っかのところが上に飛び出すみたいになっちゃってるでしょお、こっちのはそんな風になってないでしょと指で差してみたけど、それでも「うーん、微妙に違うような気はするけど」。

そして別の友人は、「うん、まあ違いは分かるけど、こっち(縦結びの方ね)がどうしていけないの?」だって気持ち悪いでしょうと思うんだけどねぇ。


そして二年前。ムスコが幼稚園のときに出された、蝶々結びの練習の宿題。

どうやって蝶々結びを作るかという図解を持って帰ってきて、「おうちの人と一緒に自分の靴などで練習しましょう」ということだったのだが、そのイラストを見て、「ああ、これじゃあねえ…」と思った。そのイラストの通りに作ると、縦結びになるのだ。

そして同学年の子供のいるお母さんが言うには、「私もこの通りに教わったわよ」ということだった。ということは、かれこれ四十年はこの図解どおりの教え方で引き継がれているのだね。

教える方が分かってなければ、教えることはできないよねえ。


縦結びという概念、そしてそれが気持ち悪いという感覚は、水引のない国には存在しないのだろうか。
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by cocopuff1212 | 2010-03-20 02:42

ライフスタイル

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慣れない土地、しかも言葉が不便な場所での生活は大変でしょうとよく言われる。


「まあ~フランスに住んでるのォ?素敵ねえ、かっこいい~」と言われるよりずっと有難いお言葉だし、実際大変なので「そうですねえ」と応える。

しかし今振り返ってみると、これまで苦労の原因の半分ほどは、外国へ引っ越した事実よりも、車中心の郊外生活から徒歩中心のシティーライフに移り変わったために起こったものだと思う。


例えば。

今朝はムスコをバス停まで送っていってから市場へ行ったが、これだけで荷物が重量オーバーになったので一旦帰宅。その後クリーニング屋さんへオットのスーツとスラックスを取りに行くが、これもちょいと重いしかさばるため、この後また家に戻る。荷物を置いてからさらにまた二件用事があるのだが、これが全く反対方向。片方はうちから徒歩で二十分。もう片方はバスを乗り換えて十五分。どっちを先に済ませるか、いっぺんに済むかまた途中で一旦帰宅する必要があるか。よーく考えてから出ないと全部用事を済ませる前に時間切れになる。

これ、アメリカだと順番さえ考えれば全部いっぺんに車で済ませることができるのである。荷物を車の中に置いてお茶することだってできる。荷物は手持ちで徒歩の今は、それはちょっと無理。


それに、うちのアパート、我々の階にエレベーターが止まらない。このエレベーターが故障中だったこともある。アメリカなら、自宅の屋根続きのガレージに車を入れれば、雨だろうが雪だろうが濡れることもないし、重い荷物を抱えて歩く距離はごくごく限られている。


楽だったなあ、アメリカでの暮らしは。便利で簡単なこと、この上なかった。


リヨンでの生活は、日本での生活に似ているなあと思うことがよくある。週に何度もまめに買い物に行って、移動は公共交通機関か徒歩、または自転車。もちろんワタシは随分長いこと日本で暮らしてないが、昔だったにしてもあの生活を経験していたから、理解できる・びっくりせずにすむ部分がある。公衆トイレがしゃがむタイプのことも多いし。



近々オットの同僚がアメリカからご家族と共にリヨンに引っ越してくるのだが、そこの奥さん、ここでの暮らしをすごーく楽しみにしているらしい。フランスに住むのが夢だったそうだ。市場で新鮮なお花を買って、朝はパン屋さんでクロワッサンを買って…なんて想像してるんだろうな、きっと。

夢、壊れなきゃいいんですが。
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by cocopuff1212 | 2010-01-29 19:25

時が経つのは

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リヨンに来てはや半年が経った。



...早すぎる。




三年の赴任として、六分の一がもう過ぎてしまったことになる。そう考えると、急にそして意味もなく焦る。ま、ここから新年なんだし新しい年代なんだし(「2010」は「とぅえんてぃー・てん」と言うのが正しいらしい)、焦っても仕方ないのでもうちょっと落ち着いて、しかしやるべきことはきちんとこなしていこう。その「やるべきこと」が何なのかちゃんと分かれば問題は半分解決してるわけなのだが。



六ヶ月記念になにか立派なことを書くべきかとも思ったが、立派なことを言える人間ではないので、ものすごーくつまんないことを書こうと思う。


前から書こう書こうと思っていた、ワタシ的視点から見たフランスの謎。


■フランスの人はなぜ、なぜ、自分の連れた犬が歩道に落し物をしても、それをそのまま放って去っていけるのか?

とか、

■フランスの若い人にお洒落でない人は、いないのか?

とか、

■フランスの人はなぜ、なぜ、こうも「お昼ごはん」というものに執着するのか?(注参照)

とか、まあ不思議なことはいっぱいある。そりゃあ書き始めたらキリがないほど。


しかし、これらの事項は「お国柄、文化の違い」と言ってしまえば説明できてしまえるような部分がある。それとは違って、「文化の違い」だけでは説明がつかない、ワタシの今までのフランス生活で出会った一番大きな謎。誰に聞いても満足できる返事が返ってこない、知られざるフランスの謎。


それは。











もったいぶる…















食事中の方はここでストップなさるのが賢明…
















■フランスの公衆トイレには、なぜ、なぜ、便座がないのか?



これなんである。



ほんとなのよ。ないのよ、便座。


これはもちろんワタシ自身の限られた経験で、フランス国内全国各地を調べたわけではないが、公園のトイレとか高速道路の休憩所のトイレとか、不特定多数が使うトイレには便座がないことが非常に多い。ちなみにムスコの通う学校のトイレにもない。

しかも。男性・女性と分かれているトイレならまだ便座がなくても我慢できるが、一個しかなくて男女共用でも便座がついてないんである!ああ、恐恐恐恐恐恐恐恐恐!!!!!!!




この不可解な謎について(不可解でない謎ってのもないだろうけど)、どこかで人類学的比較論文でも書かれていたら、ぜひとも読んでみたい。とりあえずは、除菌ワイプをバッグに常備するワタシであった。


ちなみに、有料トイレの場合は、公衆でも便座がちゃんとついているようである。



****************


「お昼ごはん・お昼休みへの執着」注:フランスの学校は昼休みが一時間半。小学校二年生のムスコがときどき「昼休みが長すぎる」と文句を言うほどだから、やっぱりちょっと長すぎるのである。もちろん子供にはそんなに長い昼休みは不要で、誰のための長い昼休みかというと、当然先生や職員のための長い昼休みなのである。

以下、ワタシの経験談。急にものすごく寒くなった初冬のある日、これは今日中にでもコートを買わなければとショッピングに出かけた。何軒か回って予算内でいいものが見つからず、疲れたのとお腹が空いてきたのとで、「明日もっと寒くなってコートが無かったら凍えてしまうから、次の店で欲しいものがあったら値段がなんだろうと買っちゃおう」と決心。そしてその後すぐ入ったお店で、か・な・り・予算オーバーではあったがものすごーく好みのスタイルのコートがあったので、お店の人に「試着していいですか?」と聞いた。そしたら、アナタ、(ひとりしかいなかった)お店の人が時計を指差して言うには。

「あ~ら、ごめんなさいねェ。私これからお昼を食べなきゃいけないのよ。お店を閉めるから、三時にもう一回来てくれる?」

ちなみにその時、時刻は一時半。


びっくりしませんか?ワタシ、びっくりしましたよ。

販売業経験者から見たら(いや、経験したことがない人にでも)明らかだと思うが、お客が試着や試し履きをしたら、お買い上げまでの道のりをすでに半分歩いたようなもんである。それを断るというのは、「買ってくれんでもええ」と言ってるようなもんである。

この日ワタシがほとんど買う気になっていたのは、Tシャツとか手袋とかの単価の低いもんじゃなくて、ン百ユーロもするコートだったんである。それが売り上げになるよりも、お昼ご飯の方が大切なんである。この人にとっては。



お国柄、文化の違い。…なんでしょうね、きっと。追記。もちろん、みんながみんな昼休み一時間半とるかというとそうではないわけで、もっと働く人もいるわけです。しかし、他に何度も似たような経験してるわけで、その中でこの人はなんというか、典型的だったというか、そういうわけです。

■写真はPicnikで色をちょいと抜きました。こーゆー感じにしてみたかったのですが…やっぱりだめ(笑)。真似してもあかんっちゅうことやね。
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by cocopuff1212 | 2010-01-12 17:53

バス通学経過報告

木曜日に新しい学校での新学年が始まった。Eにとっては新しい人生。

先週、初日までにバスの通学定期が届かなかったので車で送って行こうということになり、木・金と朝は車(オット運転)で学校まで行った。帰りは両日ともワタシが市バスとメトロを乗り継いで学校まで出向き、一緒に通学バスに乗って帰宅。最初の一週間ほどは保護者の同乗が許されているのだ。

週末のうちに定期が届くかと思ったのだが届かず、しかしバス通学には慣れてもらわないと困る。今朝は初めてだったこともあるのでワタシが一緒に乗って学校まで行った(一緒に乗っている保護者は他にも三人)。ふたり分の切符を買うことになってしまったが仕方ない。他にも切符で乗っている子供は何人かいたので、定期の郵送が遅れているのかもしれない。

明日火曜日も一応学校まで一緒にバスに乗る予定。まだ二日目だし。しかし、木曜日からは、朝は独りでバスに乗せるつもり(水曜日は学校お休み)。本人も、今朝「明日も一緒に来てね。木曜日からは独りで大丈夫だと思うから」と言ってたし。


今のところ通学バスのバス停までが遠いので、そのせいもあって通学の時間は去年までの「徒歩7分」に比べるとものすごーく長い。朝は、バス停まで子供の足で急いで歩いて15分。バスを待って10分(通学バスに乗り損ねたら通常の市バスとメトロを乗り継いで行くしかないので、もう絶対遅刻間違いなし。だから早めに行かなくちゃ)。バスに乗ってる時間が25分ほど。片道合計50分ほどの旅である。学校でバスを降りてEに「行ってらっしゃ~い」のチューをしたらメトロの駅まで歩いて、そこからメトロと市バスを乗り継いでホテルまで戻る。これがまたドア・ツー・ドアで50分ほど。

午後は、ホテルの近くからバスに乗り、途中でメトロに乗り換えて、降りるメトロの駅最寄のバス停のバスの時間がうまく合えばバスを待ち、そうでなければ15分ほど歩いて学校まで、全行程これまた50分。児童と保護者で大混雑の中でEを見つけ、自分たちの乗るバスを探して発車を待つこと15分。バスに乗っている時間が25分。帰りは疲れていてバス停からホテルまでの全行程を歩かせるのが可哀相なので(帰りのバス停は川の向こう側で、橋を渡る分だけさらに遠いから)、乗り換えできるバス停まで歩いて行き(これが5分)、そこから別のバスで5分。ホテルを出てからホテルに戻ってくるまで、往復で2時間かかる。

つまり、現在のワタシ、送り迎えに一日4時間近く費やしているのである。ひええええ。早く独りに慣れてもらわなくちゃ。


EはEで大変そう。先週は「一日が長いよ~」と疲れた口調で言っていた。ホテルに着いて手を洗って、さあおやつを食べようと思ったらもう5時半なんだもん。でも水曜日学校に行かなくてもいいから、週に四日、頑張って通おうね。



気になっていたバスの運転手さんは、行きも帰りも一緒の人。金曜日の帰宅バスで、こんなことがあった。我々が降りるバス停はお迎えの保護者だけでなく乗り換えなどで人が沢山いるバス停なのだが、そのひとつ前の誰も待っていないバス停で児童が三人降りようとした。三人のうち二人は日本で言うと三年生か四年生くらいで、すんなり降ろしてもらえた。ふたりとも、降車するとさっさと歩き始める。ところが最後の一人に運転手さんからストップがかかった。Eより頭ひとつほど背が低く、見た感じ一年生か、背の高い年長さんか。

以下、言葉は全く分からなかったが、ジェスチャーも含まれていた会話の内容は明確。

運転手:ノン、ノン、君は降りちゃだめ。お迎えの人はいないの?
児童A:(バス停を指差しながら)ここ、僕のバス停だよ。いつもここで降りるんだよ。(とかなんとか言いながら実際降りようとした)
運転手:ノン、ノン、ノン、ノン。(と児童Aと二言三言やりとりをした後)連絡帳を見せなさい。

学校と保護者の間の通知に使われている連絡帳の第一ページに、家の電話番号や保護者の携帯電話の番号が書かれているのだ。その番号をみながら自分の携帯からダイヤルしはじめる運転手さん。

そこへ、先に降りた二人のうち、ひとりが戻ってくる。お兄ちゃんだったのか?お兄ちゃん、運転手さんに話し始める。運転手さん、お兄ちゃんに何か言う。「この子は君の弟なのか?」とかなんとか聞いたようである。児童B、「ウイ、ウイ」とうなずきながら運転手さんになんだか一生懸命説明している。

運転手さん、簡単には児童Aを降ろそうとせず、児童Bを尋問するようにみっつよっつ質問をする。最終的にこれはOKと判断され、児童Aは降ろしてもらえて、歩き始めた児童Bの後を追いかけて行った。


と、この経過からワタシが学んだことは、この辺の子供たちは、小学校中学年くらいで自分のことは自分で責任持てると判断されているのかもしれないなということ。その辺、八歳以下の子供は独りにさせてはいけない、十二歳以下の子供に八歳以下の子供の世話を(成人の監督なしで)させてはいけない、などということが法律で決められているアメリカとは違う。

アメリカではとにかく児童保護法が厳しくて、それはもちろん子供たちを犯罪や虐待から守るのが目的なのではあるが、しかしそれは子供たちが自分たちだけで色々冒険できないということでもあって、そうなると、それはすなわち自己責任意識や防衛技術の育つのがそれだけ遅れるということでもあるのかもしれない。過保護になってしまう可能性大ありだもんな。


…な~んて、読み過ぎ・考え過ぎなのかもしれないけれど、確かに過保護気味であるワタシは、手綱をもっと緩めないとうちのムスコはここではやっていけないかもしれないなぁと思った週末であった。



…あっ、もうお迎えに出ないといけない時間だ!それでは、また!
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by cocopuff1212 | 2009-09-07 20:11

毎日が手さぐり

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言葉が分からないので、自分が周囲から全く切り離されてしまったような感覚にとらわれるときがある。例えば周りの風景がサーッと引いていって白黒になり自分だけがカラー…という、まるで漫画の一コマのような、そんな感覚。キャプションがつくとしたらきっと「ドーン…!」なんて表現に違いない。

これが夢で目が覚めたらいいのになと思っている自分に気付く時もある。



こういう経験はしてみるもんだなあとは思うが(自分がどんなに小さい存在なのかひしひしと実感できるので)、できることならもっと若いうちにやっておきたかったっす。

今日もちょっと落ち込む出来事があったが、脳の一部で落ち込みつつも、別の一部でこの経験をどうやって描写したらブログでうけるか考えていたのは事実である。



世の中渡って行くのに、ユーモアのセンスは必須項目だなあ。
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by cocopuff1212 | 2009-07-28 23:51

あそぼ

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月曜日の放課後。宿題が沢山あって、プラス時計のお勉強もしなくちゃいけなかったのだけれど、近所の友達が「公園へ行かない?」と声をかけてくれた。

素晴らしすぎるほどのお天気だったし、AくんGちゃん兄妹と遊ぶ機会はしばらくぶりだったので、時計のレッスンは後回しにすることにして公園へ向かう。




どどーんと緑が広い敷地にちょっとしたハイキングコースや植物園が併設されていて、ミニミニ・アスレチックコース風の遊具もある。楽しむ要素が盛りだくさんで、この公園は我が家のお気に入り。しかも緑のど真ん中を水路が流れていて、子供たちはこれが大好きなのである。この水路、子供たちは「川」と呼ぶが、我々から見るとどぶ。しかし子供たちはこのどぶ川で一時間くらい平気で遊ぶのである。


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初めて会う子でも、すーぐ友達になる。



どぶ川にごみ袋が浮いてるやん。…と指摘したら、どぶ川遊びはごみ拾いセッションに急遽変更された。


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どぶ川で足を泥だらけにして遊んだごみ拾いをした後は、遊具のある場所へまっしぐら。この後、「あと五分で帰るよ~」を十回くらい繰り返して、さらに一時間近く(!)遊んだのであった。




ワタシが子供の頃は、雨でもない限り絶対毎日外で走り回って遊んでいた。お勉強しましょ、と机に座った記憶はない(宿題はやってたとは思うが)。それに比べてEは、毎日宿題が出るし毎週金曜日にテストがあるのでその勉強もしなくちゃいけないし(一年生ですよ)、思い切り体を使って外で遊ぶ機会が断然少ない。走り回って遊べる場所がすぐ近くになくて、車で連れて行ってやらないといけないというのも理由のひとつではあるけれど、こういう状況で食生活が悪ければ肥満になるのも当たり前だなあと思う。



この日、結局時間オーバーで時計のレッスンはできなかったのだけれど、お友達と一緒に汚れるまで沢山遊んで、お腹をすかせて帰宅しておいしくご飯を食べて、充実感たっぷりで就寝時間を迎えることができた。他の事を気にせずに楽しそうに遊ぶ子供たちを見ると、こちらもうれしくなる。「時計のお勉強?けッ!」と思った。



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「遊ぶ時間」が必要だったのは、Eじゃなくてワタシだったのかもしれない。
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by cocopuff1212 | 2009-05-07 01:37

整理分別

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レース編みのコースター。持って行く。ただし沢山あるから、四枚のみ。
藍の生地のも沢山あるので、これも四枚だけ持っていく。
タイルのコースター。これは全て倉庫行き。


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フルーツの形のミニチュアティーポット。倉庫行き。



こういうちまちましたものがうちにはいっぱい。

ワタシの頭の中ではすでに分別できているのだけれど、引越業者が荷物つめに来たときに、これは倉庫行きでこれはフランス行き、でもこれは船でこっちは飛行機の荷物で…と指示するのがそれはそれは大変そうである。何度か経験してる人でも、この作業はおとな数人で家中大混乱の胃が痛くなるような大騒ぎなのだそうだ。

なので、今のうちから倉庫行きのもの(で普段使わないので毎日の生活に影響のないもの)は、ガレージに置いたダンボールの中へちょびっとずつ移動させていくことにした。四月に入ったらこれを始めようと思っていたのである。すこしでも物理的な引越の準備をしていないと不安の波に襲われるので、これは精神的によいエクササイズになると思う。



ここへ越してくるときにかなりものを処分してきたはずではあるが、たった三年でやっぱりものが増える、たまる。



ものを捨てることができない性格で、しかもン十年と引越をしていない義母の家には、考えただけで恐ろしい量の「モノ」が、ガレージにも、クローゼットにも、キッチンの棚にも、バスルームのキャビネットにも、寝室のドレッサーにも、屋根裏にも、たくさんたくさんたくさんたくさん(エコー)……。数年前の夏に行ったとき、キッチンで探しものをしていたら引き出しの中から十年・十五年前の薬が黄ばんだ袋に入って沢山でてきた。義父が亡くなってから四年経つが、彼の服も未だに全部クローゼットにかかったままである。息子が三人いるのでそのうち誰かが着るだろうと思っているらしい。


ワタシも溜め込んでおく方なので、引越がなければ義母状態になるにちがいない。四・五年に一回引越するのも、悪いことではないのである。
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by cocopuff1212 | 2009-04-03 02:58

春(夏秋冬)眠暁を覚えず

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今年の初め、夕食は五時半までに済ませてしまい、六時過ぎたらEをお風呂に入れて、七時半にはふたりとも二階にあがって八時に一緒に消灯(!)という生活をしていた時があった。

Mが単身赴任する前は必ず彼の帰宅を待ってから夕食にしていたから、晩御飯は例外なく七時過ぎ。しかし留守中の現在はそのスケジュールに縛られなくて済むので、ご飯ちょっと前の「おかーさんおなかすいた~」を回避するために、ちょっとしたおやつを食べそうになる魔の時間帯にご飯を食べちゃうことにしちゃったのだ。ご飯の後は、本を読んだりピアノを弾いたりゲームで遊んだりして、飽きたら「じゃあお風呂に入るか」というタイミングになる。お風呂から出ると、またちょっと本でも読んで、うーんじゃあそろそろ寝るかという進行状態になっちゃうのである。


ひと月ほどこのリズムで暮らしたが、このスケジュールだと朝目覚ましがなくても五時半ごろに、それも実にすっきりと目が覚める。毎日、オハヨウ~ッ!!!と絶叫しくなるような、『おかあさんといっしょ』のたいそうのおねえさんみたいに手足をジャンプさせながら飛び起きたくなるような、ふぁんたすてぃっくな目覚めであった。そしてEも起こされなくても六時半ごろ自分で起きてきて、ワタシが朝食とお弁当の準備を始めるころ、機嫌よく階下に降りてくるのだった。



体が本当に必要としている量の睡眠をとろうとすると、目覚ましは使っちゃいけないという話を聞いたことがある。目覚ましがなくては起きられないのなら、その分早く床に就けというのである。

この説でいくとワタシは十時間近く、Eは十一時間ほど、睡眠を必要としていることになる。


へっ。


ちょっと寝すぎ?でも体がそういう体なんだったら仕方ない(よね?)。



…そうは言うものの最近はまた元通りのスケジュールで、Eは八時半消灯(超過することもある)、ワタシは布団の中で本を読んで十時ごろまで起きていること度々。これだと朝六時十五分に目覚ましが鳴ってもちょっと寝足りなくて、「あと五分ボタン」を二回は押してしまう。嫌々起きてシャワーを浴びて、服を着てキッチンに降りて、やかんを火にかけてからEを起こしにいかなきゃいけない。この生活リズムだと、Eも自分ですっきりと自然に起きてくれないのだね。ちなみに起こすのは七時。十分くらい執行猶予を与えるときもある。


徒歩通学、家を出るのは八時七分(八時五分じゃなくて、八時十分でもない。絶対八時七分)だから充分時間はあるのだが、早起きしていた時はコーヒーを二杯飲めたし、朝から一緒にゲームをしたりゆっくり本を読んだりして、実に「豊かな気分」だったのだ。


また早寝早起きの生活に戻すべぇかなぁ…と考えている今日この頃である。


写真はPicnikでOrton-ishという効果を使って加工。
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by cocopuff1212 | 2009-03-21 01:18